「あんた、顔が汚いよ。」

 

言葉の虐待

 

親戚の中に強烈な叔母がいました。

 

 

高収入の男性に嫁いだ叔母。毎日のように実家である我が家に遊びに来ました。

 

 

子供には恵まれず、甥や姪である私たち兄妹に、お小遣いをくれたり、いろいろな物を買い与えてくれました。

 

 

贅沢なもの、余計なものは買ってもらえなかった私は、いろいろな物がもらえることが純粋に嬉しくありました。

 

 

ところが叔母には悪い癖がありました。

 

 

叔母は発作のように突然ヒステリーを起こし、私たちの人格を否定するような言葉をストレートにぶつけてくるのです。

 

 

子供たちが汚したり、叔母の思い通りにいかないことがあると

 

 

「あんたにはもう何も買ってやらない。」

 

「あんたはもう来なくていい。」

 

「たくさん買ってやっているのに恩知らず。」

 

「お前はかわいくない。」

 

 

などと、辛辣な言葉を何度も何度も、繰り返し繰り返し投げられました。

 

 

そして、しばらくするとまた、いつも通りのいろいろと買い与える叔母に戻っているのです。

 

 

何度も何度も繰り返される「買い与え」と「人格否定」に、わたしは物心つかないころから慣らされ、かつストレスを感じながら育っていきました。

 

 

そして叔母は私たちに平気で嘘をつかせました。

 

 

ホテルのビュッフェ等にもよく連れていかれましたが、既に小学生だった私たちに幼稚園の時の制服を着せて連れて行くのです。

 

 

未就学児は無料だからです。

 

 

「小学校のお友達に会ったらどうしよう…」

 

 

と、とても恥ずかしい思いをしたのを覚えています。

 

 

ぱしりに使われるのは日常茶飯事でした。

 

 

裕福でなかった家庭の中で私は、お友達のお小遣いや可愛い洋服や可愛い靴が羨ましくて仕方がありませんでした。

 

それを手に入れるには叔母の機嫌を伺い、その支配の中にいなくてはなりませんでした。

 

 

母もまた、いろいろ買い与えてくれる叔母に対して、私がどう感じているかには気づかないようでした。

 

 

むしろ両親は叔母に対していろいろと買い与えてくれることへの感謝の意は伝えていたので、

 

 

私も父母が感謝するのであれば、善いことが起きているんだと認識していました。

 

 

両親に、私が叔母に対して感じていることを言えるようになったのは大人になってからです。

 

 

この人は何かおかしい

 

 

わたしたち兄妹が思春期になると、叔母の言動はますますエスカレート。

 

 

自分の思い通りに動かない(当たり前ですよね)私に対して、頻繁に辛辣な言葉を投げつけるようになってきました。

 

「あんた、顔がきたない。」

 

 

ニキビがたくさん出来てしまった私に放ったひとことです。

 

 

ただでさえ容姿に自信の無かった私はこの言葉に打ちのめされました。

 

 

「服が貧相ね。」

 

 

「こじきみたい。」

 

 

折々にそんな言葉を投げつけられて、何度も何度も傷つきました。

 

 

この人はどこかおかしいんじゃないか。

 

 

成長した私たち兄妹は叔母と距離を置くようになっていきました。

 

 

大人になったら叔母のいないところに住むんだ。私はそう考えるようになりました。

 

 

とまらないヒステリー

 

私が今の主人と同棲を始めるようになっても、突然ヒステリーな電話をかけてくることがありました。

 

 

当時具合の悪かった他の親族と喧嘩した叔母は、電話で突然、

 

 

「あんたが面倒を見ないせいで〇〇(その親族)が死ぬんだよ!何とかしろ!!」

 

と叫ばれたことがありました。

 

 

これが大の大人の言うことでしょうか。私は驚きとショックで泣きながら

 

 

「叔母さんは、わたしのことをいつでも自由に怒鳴りつけて、傷つけてもいい存在だとでも思ってるの?」

 

 

と聞くと

 

 

「そうだよ」と、こともなげに言われました。

 

 

開いた口がふさがりませんでした。

 

 

それ以降、いつヒステリーの電話をかけてくるかわからないため

 

 

一人でいるときには叔母の電話には出ない、

 

 

誰かと一緒の時に、スピーカーにして出る、

 

 

そんな対策をとるようになりました。

 

 

(もしこんな電話にお困りでしたら参考にしてくださいね^^)

 

 

叔母もだんだんと電話をかけてこなくなりました。

 

 

残された自己否定感

 

叔母との接触をなるべく避けるようになっても、私は素直に金銭や贈り物を受け取れない性格になっていきました。

 

 

受け取るには、何か奉仕しなければならない。

 

 

受け取るには、私も何か我慢しなくてはならない。

 

 

何もしていない自分は、受け取る価値がない

 

 

無条件に幸せになってはいけないと思うようになっていました。

 

 

アクシデントが起こったのは大人になって、結婚した時

 

 

友人たちがサプライズでお祝いをしてくれた時のことです。

 

 

私を驚かせようと、たくさんの友人が集まってくれていました。

 

 

口々に祝福の言葉を贈られるそのなかにいて私は恐ろしかった。

 

 

何もしていないのに祝われている自分が。いつか恐ろしいことが起きるような気がして。

 

 

次から次へと降り注ぐ祝福を受け取りながら、後からどれだけのお返しをしなければならないのだろう
という 恐怖 で いっぱいになってしまったのです。

 

 

やっとの思いで帰宅すると、玄関前にまたしてもお祝いの花が届けられていました。

 

 

それがとどめでした。

 

 

もうだめだ。

 

 

おまりにも多すぎる祝福に張り詰めた恐怖で泣き崩れました。

 

 

無条件の祝福を恐怖に感じることなんておかしいとわかっていながら。

 

 

そんな私を理解できずに夫はただただ、戸惑っていました。

 

 

その時に私もどこかおかしいとはっきりわかりました。

 

 

心の中に自己肯定感がこれっぽっちもなかったのです。

 

 

いつも誰かの目を気にして

 

建前を気にして

 

怒らせていないか

 

傷つけていないか

 

 

評価されたい、認められたいと思って生きてきました。

 

 

生きづらいことがたくさんありました。

 

 

入籍したその日、新しい苗字になった私は

 

 

今日から自分の人生を取り戻すんだと、わあわあ泣きながら決意しました。

 

 

第3章 夢と自立 へ続く

 

 

 

 

 

 

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